餃子論

 (ボツになったコラム記事を書き直して掲載します)

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「餃子とビール」の意味は、「ラブ&ピース」と同義であり、
特に餃子は、世の安寧を保つための神器の一つなのかもしれません。

とは少しおおげさだけど、
実際、餃子の王将の窓からは、
店内に溢れかえる温かいエネルギーが放たれているのが見えるし、
ぎょうざの満州の「三割うまい」という謳い文句に対しては、誰も
「それってあなたの感想ですよね?」
と論破することなく、広い心で受け止めている。

大輪のひまわりのような、大皿の羽根つき餃子ももちろんいいけれど、
油の染みた箱の中で、冷めてしんなり転がってるやつだっておいしい。
まずい餃子に出会ったことがありますか?
それは宝くじに当たるよりも難しいことかもしれないです。

宇都宮駅前の「餃子のビーナス像」については賛否両論あり、
時々議論の的となりますが、
国民の餃子愛は、あのサイズ感では到底収まらないはずで、
たとえば大仏や、太陽の塔くらい大きくてもいいんじゃないでしょうか!

誰でも一度は大好きな餃子を見上げて「ほう……」などと言いながら圧倒されつつ、
人生や宇宙、愛や平和に想いを馳せてみたいはずです。

やれる、宇都宮駅に餃子の巨像。
それくらいのこと、餃子ならきっとやれる。
我々の餃子への愛をもってすれば。
そんな気がしてならないです。