2020/08/09

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今日の英会話の先生は20代前半のフィリピンの女の子で、とても明るい人だった。

先生は小説を書いてると言って、へえ、どんなのを書いてるの?と質問したら止まらなくなって、レッスン時間の9割は、先生が自分の小説のことをとても熱心に喋っていた。

外国人の、英語が不自由で半分も理解できない私に対してまで、こんなに熱く自分の作品を語ることに対して、なんかすごくショックを受けてしまい、今日は一日その衝撃をひきずるはめになった。

なんでこんなにショックなのだろう。
考えたり、図に書いたりしてみるんだけど、またあっち側に行っちゃいそうで、怖くなる。(あっち側とは、「死んだらどうなるの?」とか、「私たちって、どこから来たの?」とか「宇宙の端っこって?」など、ふと思ったときに感じる、私の脳では越えられない壁の向こう側のこと)
 

 言葉と文章は違うのに、どうして人間は同じだと思ってしまうのだろう。
会話で物語の世界観(=あらすじと制作意図)が伝わるのなら、わざわざ物語を文章にしなくてもいいよね???書くとしても、企画書で十分では???

「どんな絵を描いているの?」という質問と、「どんな物語を書いているの?」という質問は、同じことを聞いているはずなのに、答えが大きく違うのはどうして???