2015/12/05

土曜日は、安野光雅さんと黒井千次さんのトークイベントに行ってきた。
私は安野さんの絵本で数字を覚えたので、中学生くらいまでは算数の時間になると頭の中に小人が現れるのだった。数字はちょっと悲しそうで不思議なイメージがあるのも安野さんの絵本によるものだと思う。
トークイベントは市長さんの挨拶あり、串田孫一さんの通勤仲間(昔は通勤仲間というものがあったんですね!)や教え子の方によるコンサートありでとても充実した二時間だった。

今年はなぜか、年をとってもああだけは、絶対に、どうしても、なりたくない!というような人たちを目撃し、震え続ける一年だった。
仕事の評価を自分の女性としての価値と結びつけるおばさん(・・・。)相手を追い詰めて逃げ道を一つも残さずに怒るだけの人、立場を利用して暇つぶしに私たちの時間を搾取するおじさん(仕事の話をしに来たんですけど・・・)、30年前におそらく人生で一度きり載った自分の記事のコピーを振りかざしてきて、「自分はこのように記事になるほど偉い人間なのだから、出て行け」と言われた謎のお店のおばあさんもいた。(あの人は本当にいったいなんだったんだろう。悲しすぎる)

世の中がわかってくるとああいうふうになっちゃうのだろうか。思い通りに動かない人間は時間の無駄だと切り捨てて、自分に利益のある人間にだけ露骨にいい顔をする、自分の考えることや欲望にしか目を向けられない嫌な人間になっちゃうの? でもその時周りはもう何も言ってくれないのか・・・。いやだな・・・。そんなことを考えていた。

だけど安野さんや黒井さんのお話を聞いていて、安野さんはすごく毒のあることをおっしゃったりして会場を沸かせていたけど、ものごとに対して広い視野を持っていて、全てに余裕があり、思いやりも感じられた。もちろん生き方や創作についての考えは、ただただ尊敬で素晴らしくためになったのだけど。

私は最近「私の何倍も稼いでいて頭のいい立派な大人がこんなふうに生きてるっていうことは、私の方が間違ってるの?」と不安だったので、なんだかすごく勇気がわいてきた。

そして帰りの電車の中で私は、今は一生懸命生きて、生きることに余裕が出てきたときは、鋭さと温かみのある立派な年寄りになると決めた。